伊勢神宮が「本宗」と呼ばれる理由をやさしく解説

こんにちは、神社巡りライターの佐々木詩織です。これまで全国700社以上を参拝し、御朱印帳は気がつけば12冊目に突入しています。

そんな私が、神社の世界を勉強しはじめてしばらく経った頃に「あれ、この言葉なんだろう」と立ち止まったのが「本宗(ほんそう)」という単語でした。神社本庁の資料や、伊勢神宮について書かれた本を読むと、ところどころに出てくるんです。「神宮は本宗である」「神社本庁は神宮を本宗と仰ぐ」と。

意味を調べてみると、これがなかなか深い概念で、しかも伊勢神宮という存在を理解するうえで避けて通れないものだとわかりました。

この記事では、神社初心者の方にもわかりやすいように、

  • 「本宗」という言葉の意味
  • なぜ伊勢神宮が本宗と呼ばれるのか
  • 神社本庁との関係
  • 私たちの暮らしとのつながり

を、できるだけかみくだいてお話ししていきます。お伊勢参りを予定している方や、神社の世界を体系的に知りたい方にとって、視界がぐっと開ける内容になっていればうれしいです。

「本宗」とは何か?まずは言葉の意味から

最初に、「本宗」という言葉そのものから整理しておきましょう。

読み方と基本的な意味

「本宗」と書いて「ほんそう」と読みます。「もとそう」でも「ほんしゅう」でもなく「ほんそう」。私も最初は読み方すら自信がなかったので、同じ方は安心してください。

意味としては、神社本庁の公式サイトに次のように記されています。

至高の存在である神宮を神社本庁は「本宗」と仰いでいます。

「至高(しこう)」とは「この上なく尊い」という意味です。つまり、全国の神社の中でも飛び抜けて尊い存在として神宮(伊勢神宮)を位置づけており、その特別な位置づけを表す言葉が「本宗」なのです。

「本山」「総本山」とは違うのか

仏教の世界に詳しい方なら、「本山」「総本山」という言葉のほうがなじみがあるかもしれません。たとえば曹洞宗なら永平寺と總持寺が大本山、というふうに。

ただ、神社の「本宗」は、仏教の「総本山」と同じではありません。神社本庁公式サイトの説明によると、伊勢神宮と全国の神社の関係は、仏教の本山と末寺のような上下関係ではなく、神々が話し合いを重ねながら協調してきたという神道の精神を受け継ぐものだそうです。

仏教の場合は組織上の指揮系統がはっきりしていますが、神社の世界はもう少しゆるやかな結びつきで、しかし「神宮こそが特別に尊い」という共通認識を全国の神社が共有している、というイメージが近いと思います。

一言でまとめると

専門的な定義を私なりにかみくだくと、本宗とは「全国の神社が等しく敬意を寄せる、もっとも尊い神社」のことです。神社本庁という組織における特別な地位を表す言葉でもあり、伊勢神宮ただ一社にだけ与えられた称号といっていいでしょう。

神社本庁が伊勢神宮を本宗と仰ぐ4つの理由

ここからが本題です。「特別に尊い」と言われても、その根拠が気になりますよね。なぜ全国に約8万社ある神社の中で、伊勢神宮だけが「本宗」とされているのか。理由を4つに整理してみました。

理由1:皇室のご祖先・天照大御神をお祀りしている

もっとも大きな理由は、伊勢神宮の中心である内宮(皇大神宮)にお祀りされている神様にあります。

内宮の主祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)。日本神話で「高天原(たかまがはら)」をお治めになった太陽の女神であり、皇室のご祖先と仰がれている神様です。

神社本庁の公式説明では、伊勢神宮は「皇室の御祖神であり、国民から総氏神のように崇められる」存在と位置づけられています。皇室の祖神ということは、日本という国の成り立ちそのものに関わる神様であり、そこから「全国民の祖先のような神」というイメージへと広がっていったわけです。

私自身、神社検定の勉強をしていたときに、この「皇祖神」という概念に触れて、ようやくいろいろなことが腑に落ちた記憶があります。伊勢神宮が単なる「古い神社」「立派な神社」ではなく、日本の歴史的アイデンティティの核に位置するお社なのだということが、すこしずつわかってきたんです。

理由2:約2000年という圧倒的な歴史

二つ目の理由は、純粋な歴史の長さです。

伊勢神宮(内宮)の創建は、第11代垂仁天皇の時代と伝えられています。今からおよそ2000年前。皇女の倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大御神を祀る場所を求めて各地を巡り、最終的に伊勢の五十鈴川のほとりにご鎮座いただいたとされます。

外宮(豊受大神宮)はそこから約500年後、第21代雄略天皇の時代に、天照大御神が雄略天皇の夢に現れて「お食事を司る豊受大御神を丹波国から迎えてほしい」と告げたことがきっかけで創建されました。

2000年というスケールは、ちょっと想像しづらいですよね。私の住む神奈川県には鎌倉時代に栄えた古社もたくさんありますが、それでも800年前後。伊勢神宮はその倍以上の年月、ほぼ同じ場所で同じ神様をお祀りし続けてきました。

ただ古いだけではなく、後ほどお話しする「式年遷宮」によって、社殿は常に新しく保たれてきました。「古くて新しい」という、世界的にも珍しい伝統が続いているのです。

理由3:律令時代から最高位の神社だった

三つ目は、制度的な裏付けです。

日本では奈良時代から平安時代にかけて、律令という国家のルールに基づいて神社が格付けされていました。その中で伊勢神宮は最高位に位置づけられていたのです。

平安時代には「二十二社」という、朝廷から特別に篤い崇敬を受ける神社が選ばれましたが、伊勢神宮はその二十二社のなかでも「上七社」と呼ばれるトップグループの筆頭でした。

つまり、現代に始まった話ではなく、千年以上前から「伊勢神宮が日本の神社の中で別格である」という認識は朝廷にも社会にも共有されていた、ということなんです。

戦後に神社本庁ができたときに、いきなり「伊勢神宮を本宗にしよう」と決めたわけではありません。すでに長い歴史の積み重ねがあって、それを近代の制度として明文化したものが「本宗」という呼び方だ、と理解するとわかりやすいと思います。

理由4:「日本国民の総氏神」として親しまれてきた

四つ目の理由は、私たち庶民の側からの視点です。

「氏神(うじがみ)様」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。本来は、その土地に古くから根ざした一族の祖神を指す言葉でしたが、後に「住んでいる地域を守ってくれる神様」という意味で広く使われるようになりました。

伊勢神宮は、地域を超えた「日本国民全体の総氏神」として親しまれてきました。江戸時代には「お伊勢参り」が大流行し、一生に一度はお伊勢さんへ、というのが庶民の夢になったほどです。

このときに大きな役割を果たしたのが「御師(おんし、または、おし)」と呼ばれる人たちで、彼らは全国を回って伊勢神宮への信仰を広めるとともに、参拝者の宿や案内を担当していました。御師の活動は明治時代に廃止されましたが、その代わりに登場したのが、次のセクションで触れる「神宮大麻」の頒布制度です。

要するに、皇室の側からも、庶民の側からも、長い時間をかけて「伊勢神宮こそが日本全国を象徴する神社」という認識が積み上がってきた、ということです。

改めて整理:伊勢神宮はどんな神社なのか

ここまで「本宗」「皇祖神」と少し抽象的な話が続いたので、伊勢神宮そのものについてもう一度わかりやすく整理しておきましょう。

正式名称は「神宮」のみ

意外に思われるかもしれませんが、伊勢神宮の正式名称は「神宮」(じんぐう)です。「伊勢神宮」は通称で、他の神宮と区別するために頭に地名をつけて呼んでいるんです。

全国には「明治神宮」「平安神宮」「橿原神宮」など「神宮」と名のつく神社がいくつもありますが、ただ「神宮」とだけ呼んだときは伊勢神宮を指す、というのが正式なルールになっています。

内宮と外宮、そして125社

伊勢神宮と一口に言っても、実は2つの正宮(しょうぐう)があります。一つが天照大御神をお祀りする内宮(皇大神宮)、もう一つが豊受大御神をお祀りする外宮(豊受大神宮)です。

さらに、内宮と外宮を中心として、別宮14社、摂社43社、末社24社、所管社42社、合計125社で「神宮」が構成されています。

ですから、いわゆる「お伊勢参り」で多くの方が訪れる内宮と外宮は、実は神宮全体のごく一部にすぎないのです。私自身、何度伊勢を訪れても125社のすべてを回りきれていません。

内宮と外宮の比較

二つの正宮の違いを表にまとめてみました。

項目内宮(ないくう)外宮(げくう)
正式名称皇大神宮(こうたいじんぐう)豊受大神宮(とようけだいじんぐう)
ご祭神天照大御神豊受大御神
ご祭神の役割皇室のご祖先・太陽の神衣食住・産業の守り神(天照大御神のお食事を司る神)
創建(伝承)第11代垂仁天皇の時代(約2000年前)第21代雄略天皇の時代(約1500年前)
鎮座地三重県伊勢市宇治館町三重県伊勢市豊川町

参拝の順序としては「外宮先祭」と言われ、まず外宮を参拝してから内宮へ向かうのが古来の作法です。これは神宮で行われる祭典でも、外宮から先に行われることに由来します。お伊勢参りに行かれる方は、ぜひこの順番を覚えておくと、より深い参拝になりますよ。

詳しくは伊勢神宮公式サイトの神宮についてに丁寧な解説がありますので、参拝前にひととおり目を通しておくのもおすすめです。

神社本庁の発足と「本宗」という位置づけの誕生

「本宗」という言葉が現在のように使われるようになったのは、実はそれほど昔のことではありません。神社本庁という組織の誕生と深く関わっています。

戦後の神道指令と神社界の危機

1945年12月15日、第二次世界大戦に敗れた日本に対し、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が「神道指令」を発令しました。

簡単に言えば、神社と国家を切り離し、国による神社への保護や援助を一切禁止する内容です。それまで国家の管理下にあった神祇院(じんぎいん)という役所も廃止されました。

これは神社界にとって大変なピンチでした。国の支援を失った神社は、自分たちで運営費を捻出しなければなりません。境内の土地問題もありました。「このままでは多くの神社が消えてしまうかもしれない」という危機感が、関係者の間に広がっていたといいます。

1946年2月3日、神社本庁の設立

この危機を乗り越えるために動いたのが、当時の3つの神道関係団体でした。

  • 大日本神祇会
  • 皇典講究所
  • 神宮奉斎会

この3団体が中心となって協議を重ね、1946年(昭和21年)2月3日、神社本庁が設立されました。全国の神社を包括する宗教法人として、神社界をまとめる役割を担うことになったのです。

設立にあたって発表された宣言には、次のような趣旨の文言が含まれていたといいます。

「全国神社の総意に基づき、本宗と仰ぐ皇大神宮のもとに、全国神社を含む新団体を結成する」

つまり、伊勢神宮(皇大神宮)を「本宗」として位置づけることが、神社本庁設立の前提となっていたのです。長い歴史を通じて積み上がってきた「伊勢神宮は別格」という認識が、戦後の新しい制度のなかで「本宗」という言葉に結晶したわけです。

神社本庁と神社庁、混同しがちな2つの違い

ここで一つ、多くの方が混同しがちなポイントに触れておきます。「神社本庁」と「神社庁」は、似ているようでまったく違うものです。

神社本庁は、東京都渋谷区代々木に本部を置く全国の神社を統括する中央組織。一方の神社庁は、「東京都神社庁」「神奈川県神社庁」のように各都道府県に置かれた支部のような組織です。各神社は、お住まいの都道府県の神社庁を通じて神社本庁に所属する形になっています。「庁」という字が同じなので役所のようにも感じられますが、いずれも宗教法人で、行政機関ではありません。

このあたりの違いをすっきり整理してくれている個人ブログを参拝のたびに読み返しているのですが、たとえば神社本庁の役割や仕組みについて丁寧に解説しているこちらの記事は、神社界の組織構造を知りたい方に読みやすい内容になっています。本宗としての伊勢神宮との関係を理解するうえでも参考になるはずです。

私たちの暮らしに息づく「本宗」とのつながり

「本宗」の話というと、なんだか自分とは縁遠い、専門家の世界の話のように聞こえるかもしれません。でも実は、私たちの暮らしの中にも「本宗としての伊勢神宮」とのつながりはちゃんと息づいています。

家庭にお迎えする「神宮大麻」

その代表が「神宮大麻(じんぐうたいま)」です。

神宮大麻は、伊勢神宮のお神札(おふだ)のこと。神棚にお祀りすることで、天照大御神のお力をご家庭にいただけるとされています。

明治5年(1872年)に明治天皇のお考えで、皇大神宮拝礼のために神宮から直接全国民の家々に頒布されるようになりました。現在は次のような流れで届けられています。

  • 9月17日:伊勢神宮で「大麻暦頒布始祭」が行われる
  • 伊勢神宮から神社本庁へ
  • 神社本庁から各都道府県の神社庁へ
  • 神社庁から地域の各神社へ
  • 各神社から、年末(11〜12月)に氏子の家庭へ

つまり、毎年12月になるとお住まいの地域の神社で神宮大麻を受けられるのは、この全国規模の頒布システムが機能しているからなんです。私も毎年、近所の氏神様で神宮大麻と氏神様のお神札を一緒にいただいて、正月を迎えています。

神社本庁の公式サイトでも、神宮大麻について詳しく解説されています。氏神様のお神札と神宮大麻を一緒にお祀りすると、神威もますます高まるとされているそうで、両方を大切にする習慣が今も続いています。

20年に一度の式年遷宮

「本宗」としての伊勢神宮を語るうえで、もう一つ欠かせないのが「式年遷宮(しきねんせんぐう)」です。

20年に一度、社殿や御装束、神宝のすべてを新しく作り替え、神様に新しいお宮へお遷りいただく神事。690年に始まり、約1300年にわたって続いてきた、わが国最大のお祭りです。

直近では2013年に第62回式年遷宮が行われました。次の第63回は2033年。2025年からはすでに準備のための諸祭が始まっています。

なぜ20年なのか、はっきりした定説はないそうです。素木造りの社殿を瑞々しく保つため、宮大工の技術を世代を超えて伝えるため、神宝の制作技術を継承するため、と諸説あります。ただ、伊勢神宮公式の見解では「常に新しくみずみずしい社殿で、永遠に変わらぬお祭りが行われ続けることにこそ大きな意味がある」とされています。

「常若(とこわか)」という言葉があります。「常に若々しい」という意味の神道の理想を表す言葉で、式年遷宮はまさにこの常若を体現する儀式なのです。古いものを尊びながら、しかし常に新しさを保ち続ける。日本人の感性の根っこにあるものを、伊勢神宮はずっと体現してきました。

お伊勢参りに込められた意味

私が初めて伊勢神宮に参拝したのは、神社巡りを始めて2年目の冬でした。早朝の凍えるような空気の中、五十鈴川で手を清めて、参道の砂利を踏みしめながら正宮へ向かったときの感覚は、今もはっきり覚えています。

「本宗」という言葉の意味を知ってから改めて参拝すると、見えるものが少し変わります。「ああ、ここが日本中の神社が等しく仰ぐ場所なんだ」「神宮大麻を通じて、自分の家とこの場所がつながっているんだ」と。

特別な日ではなくても、年に一度くらいはお伊勢参りに行きたいなと思うようになったのは、そんな実感を持てたからだと思います。

まとめ

「本宗」という言葉について、ここまで一緒に見てきました。最後にポイントを整理しておきます。

  • 本宗(ほんそう)とは、全国の神社が等しく敬意を寄せる、もっとも尊い神社のこと
  • 神社本庁は伊勢神宮ただ一社を本宗と仰いでいる
  • その理由は、皇室の祖神・天照大御神を祀ること、約2000年の歴史、律令時代から最高位だったこと、日本国民の総氏神として親しまれてきたこと、の4点
  • 伊勢神宮の正式名称は「神宮」、内宮と外宮を中心に125社で構成される
  • 1946年の神社本庁設立時に「本宗」という位置づけが制度として確立した
  • 神宮大麻や式年遷宮を通じて、本宗としての伊勢神宮は今も私たちの暮らしと結ばれている

ちょっと専門的な話だと感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、知っていると神社の世界がぐっと立体的に見えてきます。お伊勢参りの予定がある方も、毎年神棚に神宮大麻をお迎えしているご家庭の方も、「本宗」という言葉の背景にあるものをすこし意識してみると、参拝や日々のお祀りの時間がより深いものになると思います。

私自身、これからも家族と一緒にお伊勢さんへ足を運びながら、神道の世界を地道に学び続けるつもりです。読んでくださった方の中に「次の伊勢参りが楽しみになった」という方がいてくだされば、書いたかいがあります。

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